2010年9月29日水曜日
『Cool Struttin' / クール・ストラッティン』ジャケット・デザインの制作現場 (あくまで想像)
『Cool Struttin' / クール・ストラッティン』は、その音楽面からも、そのジャケット・デザイン面からも、多くのジャズ・ファンから圧倒的に支持されているアルバムだ。
名盤中の名盤と評価されているが、そのジャケット・デザイン面の評価については、納得できないところがある。
ジャケット・デザインは良い出来だ。しかしそれが『Cool Struttin' / クール・ストラッティン』のサウンドをビジュアル表現しているようには思えないからだ。
では『Cool Struttin' / クール・ストラッティン』のジャケット・デザインはどのようにして生まれたのか?
まずは1958年1月にBack To The Past、その制作現場を覗いてみると・・・。
登場人物
アルフレッド・ライオン (レーベル「ブルーノート」の創設者であり、社長兼プロデューサー)
リード・マイルス (若手デザイナー。ブルーノートのジャケット・デザインを数多く手がける)
フランシス・ウルフ (ライオンの老朋友であり、ブルーノートの財務担当。写真家でもある)
1958年、1月中旬頃
New Jersey州のHackensackにあるRudy Van Gelder Studioで
『Cool Struttin' / クール・ストラッティン』が収録されてから数日後
ライオン マイルス君、次のレコードやけど、ソニー・クラーク の『Cool Struttin' / クール・ストラッティン』言うねん。 このタイトル曲、ちょっとネットリとした、ダルなグルーヴ感が売りなんや。 その辺りの雰囲気、頭に入れてジャケットのデザイン、頼むわ。
マイルス 了解です! 今回も2色印刷で考えといたらエエんですね。 (とは言うものの、オレ、ジャズのこと、あんまり判らんし、ちょっとネットリとした、ダルなグルーヴ感って、どんな感じやろ?) ところでウルフさん、クラーク・ケントの写真ですけど、いつ頃いただけますやろか? 写真が無いとデザイン始められませんから。
ウルフ ソニー・クラークやがな。 なんでクラーク・ケントやねん。 今回は録音現場で撮影する時間がなかったんや。 せやからオレの写真無しでデザイン頼むわ。
マイルス そしたら写真無しでデザイン組んだらエエんですか?
ライオン 前回のソニーのレコード、写真無かったやろ。 2回続けて写真無しのジャケットちゅうわけにもいかんしなぁ、マイルス君、何かそれらしいモンを自分で撮影して、デザインしてみてくれや。
マイルス ほな、撮影費と感材費とかの実費分は、デザイン費とは別に、後でウルフさんに請求させていただきます。
ウルフ ちゃんとした明細付きの請求書、持って来てや。 きっちりとした支払いがコンプライアンス経営の第一歩やからな。 せやけどウチもしんどい時期やから、マイルス君、お手柔らかに頼むわ。 しかし難儀な財務を担当しとると、増えるのは白髪だけやなぁ。
リード・マイルスの独り言 / A Monologue by Reid Miles
問題はタイトル曲のビジュアル化や。 誰が気取って歩くんや? 男か女か? ブルーノートのジャケット・デザインって、大概がウルフさんが撮影したミュージシャンの写真使っとるから男ばっかりや。 まぁ、今回はせっかくの機会やから、女使ってみるのもエエ気分転換や。 “クールに気取って歩く” をビジュアル化せんとアカンねやったら、すらっとした脚にエナメルのええハイヒールでも履かしたろ。 イメージはちょっとお高くとまった社長秘書の膝から下いう感じや・・・。
アルフレッド・ライオンの独り言 / A Monologue by Alfred Lion
やっぱり無理言うてでもフランシスにソニー・クラークの録音現場、撮影させといたらよかった。 マイルスに全部任せても大丈夫やろか? あいつ、タイポグラフィの処理は見事やし、撮影したフランシスを怒らせるぐらい大胆な写真のトリミングもエエねんけど、ちょっと今回はなんとなく不安やな。 アイツ、クラシックばっかり聴いて、ジャズのこと、あんまり判っとらへんみたいやし。 ちょっとくらい金かかっても、中身の音楽に負けん、エエ感じのジャケットに仕上げんとな。 まぁ、経費はフランシスが何とか工面しよるやろ・・・。
フランシス・ウルフの独り言 / A Monologue by Francis Wolff
またソニー・クラークのレコードかいな。 社長は最近ソニーに入れ込んどるからな。 去年の10月に録音したトリオ編成のレコード、あんまり制作予算も無かったのに、結局は鶴の一声でジャケットは贅沢な4色印刷やったやないか。 今回はマイルス君に撮影費と感材費とかの実費も支払わんとあかんしなぁ。 クインテット編成やったからリハーサルのギャラも結構かかったし、レコード売れへんかったら、Chase Manhattanへ行って、追加融資を頼まんとアカンなぁ。 やっぱ、ワシが行って録音現場、撮影しといたらよかった・・・。
それから数週間後
ライオン お~い、ルース(ライオンの秘書)、『クール・ストラッティン』のジャケットの最終色校正、届いたか?
ルース マイルスさんが持って来られたところで~す。 は~い、どうぞ。
ライオン うわっ、ちょっと違うなぁ、このデザイン。 ラフ案と初校、ちゃんと見といたらよかった。 お~い、マイルスく~ん!
マイルス はいはい、どないですか、今回のジャケット。
ライオン デザイン自体は悪ないけど、こらソニー・クラークの『クール・ストラッティン』のジャケットと違うぞ。 まぁ、もう時間もないし、今回はこれで進めるけどな・・・。 どか~んと売れたら、次回プレス時にジャケットのデザイン変更や。
マイルス あの~、どの辺りがアカンのですか?
ライオン ウチはNYのブルーノート・レコードやねん。 LAのパシフィック・ジャズ・レコードと違うんや。 クール・ジャズ風の『クール・ストラッティン』やったらこのデザインでOKやけど、ソニー・クラークの場合は、もうちょっとファンキーな黒っぽさが欲しいところや。 ウッと一瞬息が詰まるみたいな、エエ意味で言う、窒息感、緊張感が欲しいな。 曲のタイトルの意味に写真を合わせ過ぎとるなぁ~。
マイルス はぁ、そんなモンですやろか・・・。 (おいおい、そんなこと最終色校正の段階で言うなよぉ~、何のためにラフ案と初校を提出してるねん!)
ライオン それと、これはかなり個人的な意見やけど、クール・ストラッティン = 気取った歩き方ちゅうのは、足元のステップとは違うと思うんや。
マイルス ???
ライオン クール・ストラッティン = 気取って歩くには腰の振り方がポイントやと思うんや。 マイルス君はクラシック音楽ファンやから、マックス・ゴードンのお店、行ったことないやろ。
マイルス それ誰ですねん? それ何のお店ですねん?
ライオン グリニッジ・ヴィレッジにある、“ヴィレッジ・ヴァンガード” 言う有名なジャズクラブやがな。 そこ行ってバーボンかスコッチでも一杯飲みならが店内の様子見てみぃ。 キュッと腰を振った、クール・ストラッティンな歩き方のおネエちゃん、沢山いてはるわ。
マイルス ・・・・・。 (デザイン発注する時に言うてくれよなぁ~)
ライオン それと最後に一言やけど、君な、線の使い方、特に曲線やけど、もうちょっと勉強してマスターしたら、将来ええデザイナーになれるわ。
マイルス ・・・・・。 (最後は説教かよぉ~)
ウルフ 社長、マイルス君から撮影費と感材費とかの実費分の請求書、結構な額で届いとるんですけど、どないしまひょ? 今回も制作費、キツいんですけど。
ライオン ・・・・・。
時は流れて1961年、師走のある日
New Jersey州のEnglewood Cliffsに移転したRudy Van Gelder Studioで
『Leapin' And Lopin' / リーピン・アンド・ローピン』が収録されてから数週間後
ライオン ブルーノートのレコード番号も、もうすぐ4100番台に突入や。 ホンマ、“光陰矢のごとし” やね。
マイルス 1500番台から沢山仕事を回してもろて、ホンマ、ありがとうございます。 これからも頑張りますわ。
ライオン さて、年が明けたら、ソニー・クラークの新アルバムのデザイン、頼むわ。 次のは『Leapin' And Lopin' / リーピン・アンド・ローピン』言うタイトルやねん。
マイルス また今回も凝ったアルバム・タイトルですねぇ。 リーピン・アンド・ローピン = 跳びはねながら、大またで歩きながら、ですか。 いやはや、ソニー・クラークのアルバム・タイトルは歩き方と縁がありますなぁ・・・。
ライオン ところで1588番、例の『クール・ストラッティン』やけどな、こっちではさっぱり売れんかったけど、どういう訳か日本では結構売れたらしいんや。 以前に日本の輸入代理店、電報堂DYからそんな連絡が入っとったわ。 ちょとマイナーな感じのメロディが日本人の心の琴線に触れたみたいやな。
マイルス それはそれは。
ライオン まぁ、曲の仕上がりもエエけど、電報堂DYによるとやね、ジャケット・デザインも気に入られたみたいやねん。 怪我の功名やね、マイルス君。
マイルス どんなところが良かったんですやろか?
ライオン 日本から遠く離れたハード・バップの本場、亜米利加は紐育市の、大都会的空気感が気に入られたようやな。
マイルス そら日本人にとって、亜米利加は未だ遠い国ですからねぇ。 私らには見慣れた街並みやけど、Tokyoに住んでる日本人には新鮮なんでしょうなぁ。 日本人で紐育市の街並みを見慣れとるのは、今年から天下のMadison Square Gardenで大暴れしとる日本人のプロレスラー、“ババ・ザ・ジャイアント” ぐらいですやろなぁ。
ライオン 妙な事を知っとるね、君は・・・。 それと少しミステリアスなところも良かったんとちゃうかな。 なんとなくヒッチコック監督の映画のポスターみたいな雰囲気もあるやろ。
マイルス なるほどです。 なかなか鋭い指摘ですな。 私もヒッチコック監督とエエ仕事してはるデザイナー、ソウル・バス先輩の影響受けてますから。
ライオン すらっとした脚のモデル、ホンマはキム・ノヴァクかグレース・ケリーみたいな別嬪さんと違うか?と上半身を想像して、日本人は楽しんでるみたいや。 それと後ろでとぼとぼ歩いとるオッサン、日本のジャズ・ファンはオレの姿やと勝手に勘違いしとるらしい。
マイルス ほ~、ヒッチコック監督みたに社長もどこかにちょこっと出演しとると日本人は深読みしてる訳ですか。
ライオン なかなか色々な形でジャズを楽しみよるな、日本人は。
update 2010/09/29
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音楽
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