2002年3月28日木曜日

パンク・ロッカーとカルヴァドス


久しぶりに ズブロッカ / Zubrowka を飲んだ。

酒好きの方ならご存知だと思うが、ズブロッカはポーランド産のウォッカで、瓶の中に野草(バイソン・グラス)が入っている。これが酒に独特の香りを与えて、ヨモギ饅頭みたいな味がする。

飲み方としては、冷凍庫にズブロッカをボトルごと放り込み、とにかくギンギンに冷やす。それを小さなショット・グラスでクィ~ッと飲むのがいい。

とろっとした冷たいズブロッカを飲み込んだ瞬間、約40度のアルコールが炸裂する。酒精と共にバイソン・グラスが醸し出す草原の香りは原子爆弾投下直後のキノコ雲のように喉の奥から球形状に膨らみながら上昇する。

臍の下あたりで小さく「う~ん、・・・」と唸っている間にその香りは鼻から脳ミソに達し、その片隅に刻まれているワーズワースの詩を呼び覚ます。

   草原の輝き 花の栄光 再びそれは還らずとも嘆くなかれ。
   その奥に秘められたる力を見い出すべし。

そして今から20年以上も前のパリでの出来事が脳裏に蘇る。



それは1981年6月中旬の出来事。

約1ヶ月前の5月10日に社会党選出のフランソワ・ミッテランがフランス共和国の大統領に就任する。

第二次世界大戦後、シャルル・ド・ゴール、ジョルジュ・ポンピ ドゥー、ヴァレリー・ジスカール・デスタンと続いた歴代の保守派系大統領の流れに終止符が打たれ、なんとなく新たな風が世の中に吹いているような気がする 初夏の頃だった。

当時私はパリ第1大学パンテオン・ソルボンヌの2年生で、期末の試験も何とか無事に終えて、ホッと一息ついていた。学生連中は早くも夏休みモードに突入し、学部内はウキウキ・ソワソワした雰囲気でいっぱいだった。

あるゼミでは最終日に授業を行わず、講師を囲んでワインでも飲みながら雑談会を行う事が決まった。そのゼミを主催する講師もかなり風変わりな人物だったので、これは面白くなりそうだと期待していた。

その日、講師を囲んで学生15人ほどでワイワイ・ガヤガヤ談笑しながらオリーブやチーズをつまみにワインを飲んでいると一人の学生が遅れてやって来た。

何時 もサングラスと革ジャン、汚れたジーンズにロングブーツ姿。アタマは金髪に染めたツンツン立ちのヘア・スタイル。まさに “パンク・ロッカー” 風の男だ。

そんな風貌の男だから、他の学生は殆ど彼とは交わらなかった。また彼自身もゼミにはあまり顔を出さなかった。たぶん盛り場で遊ぶのが忙しかったのだろう。

しかしゼミの講師も結構変わり者だったので、彼がゼミに参加していると積極的に話かける事が多かった。それに講師と彼は二人ともノルマンディー地方出身で、同郷だった。

“パンク・ロッカー” は遅れて来たことを詫び、大きな紙袋から一升瓶ぐらいのサイズのボトルを1本取り出した。



埃にまみれた深緑色の大きなボトル



中身は農夫である彼の祖父が作った年代物の カルヴァドス / Calvados だった。

なんでも週末にノルマンディーの実家に帰った時、祖父が講師や他の学生仲間に飲んでもらうために自作のカルヴァドスを彼にを持たせたらしい。少し 照れくさそうに赤面した彼はそんな経緯を説明しながら栓を抜き、皆のコップにカルヴァドスをついだ。

とろっとした琥珀色にグリーンを少し加えたような深い色合いの液体がコップに注がれる。その瞬間、田舎の匂いが溢れ出し、鼻の奥にツンと突き刺さる。この酒はかなりキツイぞ、と一人頷きながら口にふくむ。

推定60度以上のアルコールは舌の上で暴発し、頬にまで染み出しそうな勢いで水平にぐんぐん広がる。

グッと飲み込んだ途端、ノルマンディー地方からの突風が喉の奥から芳醇な香りを放ちながら吹き荒れる。最初に襲いかかるのはリンゴのツンとくる香り。その後、名も無い野草の香りがつむじ風のように口内を席巻する。

カルヴァドスはリンゴから作るノルマンディー地方のブランディーだからリンゴの香りは分かる。しかしこの奔放な野草の香りは何だ? 祖父がどのような錬金術ならぬ “錬酒術” でこの草原の香りを秘めたカルヴァドスを生み出したのかは孫である “パンク・ロッカー” も知らなかった。 

銘酒ではないが、強烈で鮮烈で芳烈、粗野な美しさが似合う烈酒とでも言うべきか。



その年の秋、新学期が始まっても大学で彼の姿を見ることは無かった。

update 2002/03

つづき ・・・

ウオッカを飲んだり、ジンを飲んだり、酒精度の高いスピリッツ類を飲んでいる時、ふと “パンク・ロッカー” を思い出すことがある。

ノルマンディー地方に戻り、元気に暮らしているのだろうか?

もし街角ですれ違っても、今では誰だか判らないだろう。

“パンク・ロッカー” は今でもロックを聴いているのだろうか。

若かりし時に大切だったものは、今でも大切だ。

少なくとも私にとっては。


the Clash / ザ・クラッシュ
London Calling / ロンドン・コーリング

update 2009/10/01

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