2000年9月24日日曜日

200X年・夏


地球の温暖化は容赦なく進み、その夏は記録的な猛暑となった。

エル・ニーニョ現象から派生する新たな異常気象現象、エル・チキート現象が極東を襲い、尋常ならざる暑さと共に湿度の多い大気は移動する事なく日本上空に居座り、列島は蒸し風呂状態が続いた。

そしてある日の朝、日本中に異常な現象が突如、何の前触れもなく現れた。

その日は平日で、どの駅にも、どの電車の中にもサラリーマンが溢れかえっていた。

異変は駅のプラットホーム、そして満員電車の中で目撃された。 見慣れた通勤ラッシュ風景だが、昨日までと一変していたところがあった。

ほとんどのサラリーマンがネクタイを締めていない。それどころか、着ているものもT・シャツかポロシャツかアロハにチノパン。靴もスニーカーかサンダルだ。

あまりの暑さに体内の体温調整・機能拡張端子が自動的に作動したと考えられる。

そして非情なリストラも極限まで進行していた200X年、猛暑だけではなく、社会状況的にもサラリーマンは最大の苦境に陥っていた。

その夏、ついに猛暑が引き金となり、サラリーマンはかつての従順性・非自主性、そして抑圧・摂取のシンボルであった背広やネクタイを捨てたのだ。

もはやサラリーマンに失うものは何も無い。

いまだに背広やネクタイに固執しているのはリストラも無く、のほほんと前世紀から過ごしている一部の公務員達、そして社用車で送り迎えされ、暑い日に外回りの営業も無く、涼しい部屋で過ごす一部の重役達だけになった。



わしゃ、絶対に許さんぞ~!



そんな悲鳴にも似た抗議も無意味だ。

圧倒的な質量で勝るサラリーマン集団は、前世紀の遺物の如き背広系既成権利死守集団を駆逐し、首都圏及び地方都市の中枢機関を牛耳るまでに1週間も必要としなかった。

暑くて熱い夏に勃発した無血・多汗革命後、背広ネクタイ姿のサラリーマンは消えた。

もう百貨店の紳士服売場に背広やネクタイ、白いシャツは存在しない。



しかし数年後、奇妙な社会現象が現れた。

東京の渋谷センター街や大阪のアメリカ村辺りをたむろする若者の間で、紺・グレー系の古いユーズドの背広が大流行。箪笥の片隅で密かに眠っていた、おじいちゃんやお父さんの背広が復活したのだ。

短く刈り込んだ髪を七・三に分け、白いシャツの上に紺・グレー系の背広を好んで着る若者のファッションは、前世紀に “リクルートスタイル” と呼ばれていたものと似ていた。

かつて同じ様な姿で就職時の面接を受けた時の記憶が突如脳裏に蘇る。そしてそれから続いた過酷な日々も。

大人達は嬉々として背広に身を固める若者の姿に、不吉な前兆を感じるのだった・・・。



こんな妄想みたいな事を考えてしまうほど、今年の夏は暑かった。

update 2000/09

0 件のコメント:

コメントを投稿