2004年9月30日木曜日
Bach, Johann Sebastian / ヨハン・ゼバスティアン・バッハ
Bach, Johann Sebastian 1685-1750
バッハは音楽の建築家だ。
一つ一つの石を根気よく、そして無駄なく積み上げられた堅牢な大聖堂の様に、バッハの音楽は堂々とそびえ立っている。
名作と呼ばれるものは山ほどあるが、若輩の私はその厳格さに少しばかり窮屈さを感じる時もあるので、あまり肩の凝らないものを中心に選ぶことにした。
音楽理論なぞちんぷんかんぷんな人間でも十分楽しめるのだから、もしそれが解ればバッハの作品はもっと興味深いものになるだろう。
Wachet auf, ruft uns die Stimme BWV 140 /
目覚めよと、われらに呼ばわる物見らの声 BWV 140
Karl Richter / カール・リヒター
Münchener Bach-Orchester / ミュンヘン・バッハ管弦楽団
rec. 1978-1978
今後ドイツ語を勉強する予定は全く無いが、もしそれがマスター出来れば、バッハのカンタータをもっと楽しく聴く事が出来るだろう。
それほどバッハのカンタータは魅力たっぷりだ。中でも《目覚めよと、~》の穏やかな暖かさはまるで音楽の精神安定剤。
心がささくれ立った時、この曲を聴くとホッとする。
リヒター指揮のものはオーソドックスで中庸。
しかしクセが無く飽きない。
Brandenburgische Konzerte, Nos. 1-6 BWV 1046-BWV 1051 /
ブランデンブルク協奏曲 第1番~第6番 BWV 1046-BWV 1051
Otto Klemperer / オットー・クレンペラー
The Philharmonia Orchestra / フィルハーモニア管弦楽団
rec. 1960
Karl Richter / カール・リヒター
Münchener Bach-Orchester / ミュンヘン・バッハ管弦楽団
rec. 1967
Gustav Leonhardt / グスタフ・レオンハルト
Sigiswald Kuijken, Wieland Kuijken, Anner Bylsma etc.
シギスヴァルト・クイケン、ヴィーラント・クイケン、アンナー・ビルスマ 他
rec. 1976-1977
6つの曲から構成されているこの協奏曲集の中では特に第6番 BWV 10151 第1楽章を特に贔屓にしている。
理由は簡単、それはノリの良さだ。
第6番 BWV 10151 第1楽章は18世紀のロックなのだ。
クレンペラー盤は1960年に録音されたものだが古さを全く感じさせない。今でもみずみすしさを保つ名盤。ゆったりと淀みなく流れる演奏は、現代楽器か古楽器かという議論が阿呆らしくなる。
クレンペラー&フィルハーモニアの素晴らしさを再認識してしまう。
リヒター盤はクレンペラー盤に肉迫する名盤。
今聴いてみると、不思議なことにクレンペラー盤と比べると少し古くなったような気がするが、バッハ研究の第一人者だったリヒターが厳しく整然と指揮するこの盤の価値は決して揺らぐことは無いだろう。クレンペラー盤があまりに凄すぎるだけか。
レオンハルト盤では名うて古楽器奏者たちがスラリと勢ぞろい。
音がタイトで精密なところはいいが、エッジが鋭すぎて、辛いような気もする。
フランドル・ネーデルラント系の古楽器奏者が集まると、どうしてもこんな音楽になる。
決して悪いものではないのですが。
Musikalisches Opfer BWV 1079 / 音楽の捧げもの BWV 1079
Jean-François Paillard / ジャン=フランソワ・パイヤール
Orchestre de chambre Jean-François Paillard / パイヤール室内管弦楽団
rec. 1974
Gustav Leonhardt / グスタフ・レオンハルト
Sigiswald Kuijken, Wieland Kuijken, Anner Bylsma etc.
シギスヴァルト・クイケン、ヴィーラント・クイケン、アンナー・ビルスマ 他
rec. 1974
前記の2曲がバッハの大らかさ、つまり音楽の “陽” の部分とすれば、この曲は音楽の “孤” の部分とでも言うべきか。
研ぎ澄まされた構造の中から聴こえてくるのは、暗い宇宙空間を漂うような、永遠の孤独感だ。
だからせめて穏やかで色艶のいい、フランス庭園風の演奏が聴けるパイヤール盤をよく聴く。
古楽器で演奏されたレオンハル盤は、あまりにも孤独感が強くて聴いていられない時がある。
同じ年に録音されたものだが、あまりの違いにびっくり。
Suiten für Violoncello solo, Nos. 1-6 BWV 1007-BWV 1012 /
無伴奏チェロ組曲 第1番~第6番 BWV 1007-BWV 1012
Janos Starker / ヤーノシュ・シュタルケル (チェロ)
rec. 1963,1965
Anner Bylsma / アンナー・ビルスマ (バロック・チェロ)
rec. 1979
パブロ・カザルスによって再発掘されて以降、全てのチェリストの聖典となったのが
《無伴奏チェロ組曲》。
シュタルケル盤は抜群のテクニックに裏打ちされた、硬度が高くて造形的な演奏。
全体にピーンと張りつめた緊張感がスリリング。
全曲ガット弦を張ったバロック・チェロによるビルスマ盤は、やや擦れ、太くて強い音が印象的だ。
第6番ではピッコロ・チェロを使用している。
ビルスマ本人曰く「現代楽器では白い紙に黒で描いたような音であるのに対して、古楽器では黒い紙に白く描いたような音だ」。何となく判るような気がする。
たった4本の弦だけの楽器のために、こんなに高度で変化に富む曲を作ってしまうバッハ、恐るべし。
Goldberg - Variationen BWV 988 / ゴルトベルク変奏曲 BWV 988
Glenn Gould / グレン・グールド(ピアノ)
rec. 1955
Gustav Leonhardt / グスタフ・レオンハルト(チェンバロ)
rec. 1965
バッハが残した鍵盤楽器曲には《平均律クラヴィーア曲集》、《フーガの技法》などの傑作もあるが、《ゴルトベルク変奏曲》を選んだのは作品が小ぶりだから。正直言って、《平均律~》や《フーガ~》を全曲聴きとおすのは少々辛い。
《ゴルトベルク変奏曲》はチェンバロ用の曲だが、グレン・グールドによるピアノ演奏は外せない。
グールドのデビュー作である1955年盤は音が硬質で、ジャズっぽい躍動感たっぷりのスピーディーなスタイル。グールド最後の録音となった1981年盤はもっとメロウで穏やかなスタイルだ。
グスタフ・レオンハルト盤は無駄のないスリムな演奏でチェンバロの音色が美しい。
H-Moll-Messe BWV 232 / ミサ曲 ロ短調 BWV 232
Karl Richter / カール・リヒター
Münchener Bach-Orchester / ミュンヘン・バッハ管弦楽団
rec. 1961
Otto Klemperer / オットー・クレンペラー
New Philharmonia Orchestra / ニュー・フィルハーモニア管弦楽団
rec. 1967
ここでもリヒター盤とクレンペラー盤が火花を散らす。
リヒター盤は静かに深く潜行する、あまりにも厳格な演奏だ。
天気予報的に説明すると「北海地方の今日の天気は冬型の気象配置により、どんよりとした暗い雲が一日中空を覆います。時折、明るい日差しと共に南からの暖かい風が流れ込みますが、長続きしません。天候の大崩れは心配無いでしょう」
クレンペラー盤は山の高みを下界から見上げたような演奏だ。
天気予報的に説明すると「山間部の今日の天気は晩秋の気象配置により、時折、澄み切った空が現れ、麓から山頂付近が良く見えるでしょう。そして秋の名残を感じさせる穏やかな風がゆっくりと吹くこともあります。天候の大崩れはありません」
自ら「私はインモラルだ!」 と宣言するクレンペラーに、やれ現代楽器だ、やれ古楽器だとつべこべ言う輩に喝!を入れてもらいたい。切に望む次第。
※ 関連ページ ≫ 無伴奏チェロ組曲 / Suiten für Violoncello solo あれこれ
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音楽
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