2004年9月30日木曜日

Beethoven, Ludwig Van / ルードヴィッヒ・ヴァン・ベートーヴェン


Beethoven, Ludwig Van  1770-1827

ベートーヴェンには交響曲以外にも弦楽四重奏やピアノ・ソナタなど名作が多い。

しかし私にとって、クラシックの楽しさは色々な楽器が奏でる音の構築にあるので、交響曲だけを選ぶことにする。

それに何と言ってもベートーヴェンの残した9つの交響曲はオーケストラによる音楽構築技法のピークなのだから。



ベートーヴェンは9つの交響曲に時代の雰囲気を無意識に詰め込んだ。

ヨーロッパでは権力が王侯貴族層から新興勢力であるブルジョア市民層へと徐々に移行する頃。

その時代に生まれたフランスの風雲児、ナポレオン・ボナパルトと同時期を生きた男が残した9つの交響曲は、音楽を通して社会制度の激変期を見事に証言している。

権力の移行期に生じるドラマティックな“明”と“暗”のコントラスト。

突風が吹き荒れ、暗雲ただようう空から忽然と現れる青空。そこから射し込む明るい太陽の光が大地に広がる・・・。

ベートーヴェンは9つの交響曲は明暗の使い方に優れ、高所から俯瞰するような構図で描かれたアルブレヒト・アルトドルファーの巨大な風景画のようだ。



Sinfonie No.3 Es-Dur "Eroica" / 交響曲 第3番 変ホ長調『英雄』


Erich Kleiber / エーリヒ・クライバー
Wiener Philharmoniker / ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
rec. 1953

Erich Kleiber / エーリヒ・クライバー
Amsterdam Concertgebouw Orchestra / アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団
rec. 1950

Otto Klemperer / オットー・クレンペラー
The Philharmonia Orchestra / フィルハーモニア管弦楽団
rec. 1959

クライバー・ウイーンフィル盤はその “品の良さ” が気に入っている。あまり英雄的にならない第1楽章、あまり悲劇的にならない第2楽章:葬送行進曲。タイトで抑制の効いた演奏がいい。

同じクライバーでもアムステルダム・コンセルトヘボウ盤には前記の “品の良さ” は無いが、その怒涛の推進力にびっくり。オーケストラとの相性か、それとも3年前のクライバーはこれほど活力に満ち溢れていたのだろうか?

クレンペラーは「私はインモラルだ!」 と自ら宣言していた。

しかしこの雄大に広がる、あまりにも英雄的な第1楽章の展開は何だ!

これは19世紀的知性を誇る老モラリスト・老指揮者が生み出した名盤。

ゆったりと力強く、派手な演出も無い、極上の『英雄』をここでは聴くことが出来る。

遅めのテンポで正確なリズムを刻みながら、重く、粘り強く、音楽が流れるさまは、まるでドイツ製重戦車隊の行進のようだ。

老モラリスト・老指揮者の猛烈な推進力、恐るべし。



Sinfonie No.5 C-Moll / 交響曲 第5番 ハ短調

Sir Georg Solti / ゲオルク・ショルティ
Wiener Philharmoniker / ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
rec. 1958


Carlos Kleiber / カルロス・クライバー
Wiener Philharmoniker / ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
rec. 1974

Klaus Tennstedt / クラウス・テンシュテット
London Philharmonic Orchestra / ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団
live rec. 1990

結果的に16年ごとに録音されたものを選んだことになる。

これらの3枚に共通しているのは、“怒涛の勢い”。

ショルティ盤はウィーン・フィルを振って、ワーグナーの『ニーベルングの指環』の全曲を録音していた頃に収録されたもの。とにかく煽動力が凄い。これでもかとオケをギシギシ鳴らす。

クライバー盤は超名盤としての誉れが高いものだが、既にショルティ盤を聴いていた方には同じような傾向と受け止めれらていたかもしれない。

しかし寡作のクライバーはとかく崇められ、ショルティは実力以上に過小評価さえていないだろうか・・・。

最後の“怒涛の勢い”はテンシュテットのライブ盤。

圧倒的なスケール感と重量級のオーケストラの鳴り響き方が凄い。

ロイヤル・アルバート・ホールの大空間を意識した演奏だとは思うが、巨大な音楽がここにある。一歩間違えばハッタリで終わってしまいそうな綱渡り的演奏をテンシュテットは見事に成功させている。

この『5番』はベートーヴェンの作品の中でも贅肉が少なく、体脂肪率も低い筋肉質な作品。その筋肉質なボディを大暴れさせたものが上記の3枚だ。



Sinfonie No.6 F-Dur "Pastorale" / 交響曲 第6番 ヘ長調『田園』

Leonard Bernstein / レナード・バーンスタイン
Wiener Philharmoniker / ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
rec. 1978


Bruno Walter / ブルーノ・ワルター
Columbia Symphony Orchestra / コロンビア交響楽団
rec. 1958

Carlos Kleiber / カルロス・クライバー
Bayerisches Staatsorchester / バイエルン国立歌劇場管弦楽団盤
live rec. 1983

バーンスタイン盤はウィーン・フィルらしい艶のある、まろやかな調べ。

音による田園のスケッチが穏やかな風が草木の匂いを運ぶ。そして農民たちの吐息が聴こえそうだ。

大らかな自然の芳香を放つ見事な1枚。

春や秋に緑豊かな公園を散歩する時、iopd でバーンスタインの『田園』を聴くのが私は大好きだ。

ワルター盤はかつての定番。

ワルターは低音部分を強調するかつての独墺風の指揮をするので、草木の匂いが少し濃いような気もするが、良く歌い、自然に流れる演奏は今でも十分に楽しめる。

クライバー盤では異常に速いテンポが全体を疾走し、とても躍動的だ。そして音の密度が異常に濃い。

第1楽章からは高地の澄み切った空気が流れ込み、第4楽章の“雷雨”と“嵐”は異常気象による集中豪雨のようだ。

『田園』らしくないと言ってしまえば、それで終りだが、一聴の価値有り。



Sinfonie No.9 d-Moll / 交響曲 第9番 ニ短調

Leonard Bernstein / レナード・バーンスタイン
Wiener Philharmoniker / ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
live rec. 1979


Klaus Tennstedt / クラウス・テンシュテット
London Philharmonic Orchestra / ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団
live rec. 1985

Sir John Eliot Gardiner / サー・ジョン・エリオット・ガーディナー
Orchestre Révolutionnaire et Romantique /
オルケストル・レヴォリューショネル・エ・ロマンティック
rec. 1992

バーンスタインは1970年頃から活動の拠点をウィーンに移した。

ウィーン・フィルにとって永遠のライバルであるカラヤン&ベルリン・フィルに対抗出来るカリスマ性のある指揮者が必要だったからだ。

そんな訳で、バーンスタイン&ウィーン・フィルは数多くの名盤を残した。

この『第9番』もその中に数えられるべき1枚。

時にはエネルギッシュに、そして時にはメロウに、バーンスタインはぐいぐいとオケを引っ張り、ウィーン・フィルもそれに負けじと応えてゆく。

ライブ録音だけに勢いのある燃焼度の高い演奏だ。

バーンスタインがウィーン・フィルなら、テンシュテットはロンドン・フィル。

このコンビも数多くの名盤を残した。

テンシュテットはとてつもない高揚感をドライブしながら第1楽章から第2楽章になだれ込む。あまりにもスピーディーなテンポに、構造が破綻寸前になるところもあるが、一直線にぐいぐいと突き進む。

そして第3章に入るとグッと滅速し、祈りにも似た静謐感が漂う。

最後の第4楽章でテンシュテット&ロンドン・フィルは再びトップギアに入る・・・。

喉頭癌が発覚する直前の、テンシュテット全盛期の奇跡的な1枚。

ガーディナーによる古楽器を使ったベートーヴェンの“考古学的演奏”も外せない。

その演奏スタイルが正しいかどうかはさておき、一昔前の演奏スタイルが醸し出す、ロマン派的重厚さが無いところがいい。

やたら感情を込めて大袈裟に演奏するより、作品と距離を置いたこの種の演奏スタイルの方が爽やか。

そして60分をわずかに切る演奏時間は『第9番』の最速記録か?

私の場合、上記2枚との、特にテンシュテット&ロンドン・フィルとの、感覚的なバランスを保つためにはこのガーディナー盤が必要だ。



And More...  ベートーヴェンの交響曲全集について

1枚づつベートーヴェンの交響曲を集めるのも楽しいが、いずれ必ず交響曲全集に手を出すことになる。

その時のご参考になれば・・・。

≫ 私の一押し(2010年6月3日の時点)は、

Andre Cluytens / アンドレ・クリュイタンス
Berliner Philharmoniker / ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
rec. 1957-1960

≫ カラヤンの全集をお求めの場合は、
Herbert von Karajan / ヘルベルト・フォン・カラヤン
Berliner Philharmoniker / ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
rec. 1961-1962

≫ とりあえず全集を1組お求めの場合は、
Leonard Bernstein / レナード・バーンスタイン
Wiener Philharmoniker / ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
live rec. 1977-1979

≫ 重厚なドイツ風スタイルをお求めの場合は、
Otto Klemperer / オットー・クレンペラー
The Philharmonia Orchestra / フィルハーモニア管弦楽団
rec. 1957,1959,1960

≫ かつてのドイツ・オーケストラの魅力をお求めの場合は、
Herbert Blomstedt / ヘルベルト・ブロムシュテット
Staatskapelle Dresden / シュターツカペレ・ドレスデン
rec. 1975-1980

≫ メリハリの効いた勢いのある造形的美をお求めの場合は、
Sir Georg Solti / サー・ゲオルク・ショルティ
Chicago Symphony Orchestra / シカゴ交響楽団
rec. 1972-1974

≫ 細部にわたる磨きぬかれた構築性をお求めの場合は、
Günter Wand / ギュンター・ヴァント
NDR Sinfonieorchester Hamburg / 北ドイツ放送交響楽団
rec. 1986-1990

≫ 完成度の高い古楽器演奏の魅力をお求めの場合は、
Sir John Eliot Gardiner / サー・ジョン・エリオット・ガーディナー
Orchestre Révolutionnaire et Romantique /
オルケストル・レヴォリューショネル・エ・ロマンティック
rec. 1991-1994

≫ ベーレンライター社刊行の新全集版による演奏をお求めの場合は、
David Zinman / デイヴィッド・ジンマン
Tonhalle Orchester Zürich / チューリッヒ・トーンハレ管弦楽団
rec. 1986-1990

※ 関連ページ ≫ ベルリン・フィルのハードロックなサウンド

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